世界の人口がピークを迎えて15年。日本だけじゃなく世界的に少子高齢化が加速している。そんな中、超高齢化社会・日本において10年前に開発されたのがNARAYAMAだ。
さんざんCMでも広告でも番組でも出てくるから今更紹介しなくてもいいだろうけど。
何を隠そう、うちのおじいちゃんは3年前にNARAYAMAで人生を閉じた勇士の一人だ。
おじいちゃんは90歳を超えていてまだまだ元気そうだったけど、ある朝突然、「おれはもういい」って私の父に伝えたらしい。
元気そう、と言っても年々体力は落ちていたし、食欲も減ってきていて、憂鬱そうな表情になることが多かった。でも、健康診断では平均寿命113歳は楽勝ですと言われていたし、体だけは丈夫だった。友だちと旅行に行くことすらあって、傍目に見たら悠々自適な年金生活といったかんじだった。
そんなおじいちゃんに「もういい」と言われたとき、父は何を思ったのだろう。
両親とおじいちゃんで散々話し合い、時には喧嘩したこともあったようだ。激しい言い争いになっているなということは私にもわかったが、そのときは内容が何かまではわからなかった。
話し合いに決着がつかない日々の中で、ある日、駅でおじいちゃんは転倒し、救急車で運ばれた。
幸いにも頭を打ちつけはしなかったが、右手の骨と鎖骨、そして右大腿骨を骨折してしまった。
それからおじいちゃんはめっきり、元気をなくした。
細っていた食事がさらに細くなり、顎の筋肉が衰えたためさらに食べなくなり、歩くことができなくなったために覇気もなくなった。お友だちとの旅行も「迷惑になるから」といってキャンセルした。
そして「自分の意識で決められるうちに決めたい」とおじいちゃんは言ったらしい。
私や兄が立派に巣立っていくところを見なくてもいいのかと、それでも父は説得したらしいが、おじいちゃんは「おれが先に巣立つ番だ」と聞かなかったという。
父の心変わりも割に早かった。
病院で、おじいちゃんと同い年くらいかそれ以上の年齢の患者さんたちを見てきたらしく、それ以来考え方が変わったのだそうだ。
全身を管で繋がれて、あらゆる栄養や抗生物質を間断なく補給させられ、薬物で現実と夢の区別もつかなくなり、強壮剤で心臓を動かされている人たち。
「あれを見たら、おじいちゃんの意思を汲んであげるのも最後の親孝行かと思えたんだよな」
私と兄がおじいちゃんのNARAYAMA行きを聞いたのは1ヶ月前のことだった。
NARAYAMAの正式名称は睡眠型心臓不全誘発機械だ。
CMでもやっているように、シャープな流線型の機械の中に入ったら、睡眠ガスが庫内を満たし、穏やかな夢を見ているうちに心臓の動きをゆっくりと止める。
どういう仕組みでそうなっているのかはわからないが、まるでオーケストラが徐々に速度を落として楽曲の演奏を終わらせるような最後だという。
死の苦しみから逃れようとするとき特有の脳波の動きはまったく観測されておらず、むしろ深い眠りに入っているときと同じ、凪のような脳波の中で静かに人生を終えることができる。
3年前は今ほどNARAYAMAが受け入れられていなかったというのもあって、スケジュールの指定もじつにすんなりとできたものだった。今は機械の設置が予約数に間に合っていなくて数ヶ月待ちだと聞く。
私たち家族はNARAYAMAのプログラムで、家族アルバムを作ったり、補助付きの旅行へ出かけたり、美味しい食事を食べたりした。できることは全部やって、おじいちゃんの記憶から2000年代初頭のメタバース再現をしてもらって遊んだりもした。バカ若いおばあちゃんにもその中で会えた。なんか知らないけど私に少し似ていた。
当日、おじいちゃんは、おじいちゃんが持っている中で最も高価なジャケットを着て、NARAYAMAに入った。そのジャケットはおばあちゃんと結婚したときに、婚約指輪のお礼としておばあちゃんからプレゼントされたものだという。初めて見る高価なジャケットで、シワひとつないそれは大切に大切にされてきたものだとすぐにわかった。
「みんなには悪いけど、おれは今、すごくワクワクしてる」
おじいちゃんはここ最近でいちばん、目を輝かせていた。
さんざんお別れパーティーも開いたし、生前葬もやったし、家族ともお友だちとも思い出をたくさん作り、もう思い残すことはないとおじいちゃんは清々しそうだった。
「兄妹仲良く暮らせよ。パパとママの言うことはあまり聞かなくていいからな」
それがおじいちゃんの最期の言葉だ。
骨折して自らの足でNARAYAMAに入ることができなかったおじいちゃんは、お父さんとお母さんに抱き抱えられる形で機械の中へ横たえられ、短い挨拶を済ませると、規定通り自ら内部のボタンを押し、NARAYAMAを起動させた。
NARAYAMAは自然と調和することを褒め称えるような讃美歌じみた曲を大音量で流しながら、表面のスクリーンにおじいちゃんの顔やアルバムに入っている思い出の写真を映し出し、さも感動的な演出を行なった。
「〇〇さん…ありがとう……」
「ご冥福をお祈り申し上げます……」
などと文言が浮かび上がる。
お父さんはそれを見て泣いていたけど、正直私はギョッとした。兄を見やると、すこし笑いを堪えていた。ここの演出は後から聞いたのだが、自動で生成されたものらしく、とくに選んだりこちらで作ることはできなかったという(今はどうか知らない)。
それ以外は、NARAYAMAは電子レンジよりも静かに動作していた。
NARAYAMAの設置された部屋と待合室はリラックス効果のありそうなレモングラスの香りがしていて、高い天井につけられた天窓から自然光が部屋の中を満たし、部屋の隅から床下を浅く流れる水の中には金魚が泳いでいた。
NARAYAMAを使用するにあたり、それなりに大きな補助金を自治体から受けられたことと、謝礼金としてまとまった金額をおじいちゃんの残りの年金から貰い受けることができたらしい。
NARAYAMAによって自死を選択した人は表彰され、うちの自治体では共同墓跡に名前が刻まれることになっている。前に見に行ったが、
「最高のエンドを」という広告コピーもそうだし、結婚式みたいにあらゆるオプションをつけられて、生前葬やアルバム制作ができるのは、「死」というものの形を変えたよなぁと思う。
生まれるときも、生まれる場所も、自分では選択できない。
けれども、死は選べる。
死をデザインできるようになった時代。
使用年齢は85歳以上に限られているが、これは死の革命であると同時に、生の革命でもあると思う。
生きていくうえでのデザインがされる現代、死に方すらも自分の選択でどうにだってできるようになったのは、なんだかすごいことだ。
死から逃れることはできないけど、人間はこのようにして死を克服したのだ。
これが正しいことなのかどうかは私には判断できない。ニュースを見ているとキリスト教系の人たちは猛烈に抗議活動をしているし、世界的に受け入れられるのはまだ先のことだろうなとは、20歳そこらの女子大生の私でもわかる。
だが、NARAYAMAを選択肢に持つことは別にいいんじゃないかと個人的には思う。だって、おじいちゃんは清々しい死に顔だったのだ。
90歳だったおじいちゃんは平均寿命よりかは短かったけど、たしかに「よく生きた」のではないだろうか。
NARAYAMAの利用者数は年々増えているらしい。